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ボルボ関連会社の今昔 フォード・モーター提携と撤退

  • 2018年11月30日
  • 2019年3月24日
  • 特集
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例えば、ボルボがフォードグループに属していたことをどれほどの方がご存知でしょう。

マツダと同じグループだったことを、ジャガーも、ランドローバーも。フォードは自身の好調を支えに、世界の自動車会社を傘下に収めようとしていました。

このシリーズのお話は、ボルボと関連性のある会社を深掘りしていきます。

今回は世界のフォード。いまや日本に正規販売店はありませんが、その昔、フォルクスワーゲンやトヨタと世界一の自動車会社を争い続けていました。

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フォード社とボルボ社

出典:wikipedia https://ja.wikipedia.org/

そもそも、フォードを聞いたことがない人は、あまりいないでしょう。

大型ピックアップ、V8エンジン。大きな車といえば、日本ではGMよりフォードだった印象です。フォードは自動車発展の重要な会社で、T型フォードなどが有名。

小さな会社が研究開発を進めていた時代、フォードは自動車組み立ての効率化を推し進め、ベルトコンベア生産とライン工、週8時間労働、週休2日など労働環境の整備も行いました。

労働条件を整えたのは、ベルトコンベア生産の対応です。

ベルトコンベアを導入することで一人の工員が行う作業を単調にし、品質と効率の向上を図る画期的なものでしたが、同じ仕事を単調に、いつまでも続けることは工員には重労働で、働く環境を整えることで辞める人を少なく、入社する人を多くする為でした。

同じ作業を8時間続けるのは当時も大変で、給料を相場の2倍にするなどして、なんとか退社を食い止めていたらしいです。

あらゆる手を使ってでも大量生産とコストダウンを譲らなかったのが、フォード成功の道でした。

ちなみにボルボもベルトコンベア生産を行いますが、こちらは労働条件緩和として、ベルトコンベア生産そのものを中止してしまいます。

ボルボの労働環境はひとつのチームで車をすべて組み立てる方式になりましたが、生産効率ダウンにより人件費は高くつき、高級車の開発によって粗利を多く得る方向に舵を切るしかなかったと言います。

模索された資本提携

出典:wikipedia https://ja.wikipedia.org/

さて、ボルボはフォードの傘下になるのですが、当時の状況を見てみましょう。

ボルボの自動車部門がフォード傘下に入るのは1999年。

その動きは、1977年まで遡ります。

ボルボ社の当時の社長、Pehr G. Gyllenhammarは、ボルボが自動車会社の中でも小規模なことに不安を抱き、様々な会社との提携を模索します。

会社が大きいこと、提携会社があることは、技術の向上や開発費の削減、部品のボリュームディスカウントなど有利な点が多いです。

最初に提携しようとしたのは、同じ北欧自動車メーカーのサーブ。しかしこの案は株主から賛同が得られず、合意には至りません。

次はルノーとの提携。この提携のため、ボルボは本体より自動車部門を切り離した上で、ルノーは少数の株式を取得。協業を深めていきます。

ルノーは小規模/中規模自動車の開発をアシスト。逆にボルボは高級車の技術開発の協力などを行い、歯車のあった両者は合併に乗り出します。

1994年に合併すると発表されたとたん、スウェーデンでは反対意見の嵐となり、結局合併話は白紙に戻ります。

スウェーデンの株主の、ボルボへの愛着がわかりますね。

結局、株式関係は1997年に解消。この後ルノーは日産と、ボルボはネッドカーの開発への傘下と別れていきました。

シナジー効果の出ないPAG

出典:wikipedia https://ja.wikipedia.org/

そして、ボルボは乗用車部門を切り離す決断をします。

ボルボの乗用車は米国では1980年代にシェアを伸ばしていましたが、日本メーカーの進出、とくにアキュラやレクサス、スバルのステーションワゴンなどに押され、1990年代にはシェアが下がっていきます。

そこでボルボは、採算性のあった商用車部門を残し、乗用車部門を売却することとしたのでした。

(ジーリー主体で、ボルボは結局同じ資本下に戻るようですね。)

フォードはといえば、1999年にボルボを傘下におさめたことで、プレミアム・オートモビリティ・グループ(PAG)を結成します。これにより、高級ブランド戦略を推し進めます。

PAGはリンカーン、マーキュリー、アストンマーチン、ジャガー、ランドローバー、ボルボという、高級車ブランドを束ねたグループでしたが、各々の個性は大変強く、シナジー効果は出ずにいました。

フォードP1プラットフォームに参加したボルボは、これをベースにS40/V50を開発します。この時のサスペンション設計はマツダで、マツダの開発したサスペンションだからこそ、ボルボがこのプラットフォームを使用することを許諾したと聞いたことがあります。

同じプラットフォームをつかった、フォードフォーカスも懐かしいです。この車のスポーツ仕様には、ボルボの5気筒エンジンが搭載されていました。フォード車の中でも、評価も高いシリーズでした!

しかし、フォードとジャガーが同じプラットフォームを使っていることに、ジャガーでは悪い評判が絶えなくなります。フォードは結局、高級車メーカーとしての名声は持つことはできませんでした。

また、PAGの結成2年後の2001年、同時多発テロによる景気の悪化が始まります。幸先も悪かったのですね。

PAGは少しづつブランドが売却され、最後までのこっていたボルボも中国企業へ売却されます。

フォードは高級ブランド戦略に失敗。ボルボとフォードとの資本関係は、ここに幕を下ろしました。

ちなみに、今の日本販売法人のボルボカージャパンは、PAGインポートという以前PAGブランドのクルマを販売していた会社です。販売するクルマがボルボしかなくなり、社名変更して現在に至ります。

いまのフォード

出典:wikipedia https://ja.wikipedia.org/

採算が取れないから、日本車に負けたから、日本の市場が特殊だから、なんて話をしながら、フォードは日本撤退を実施。

現在は並行輸入車を扱う会社で販売されるのみとなってしまいました。

よくよく考えると、サーブと資本提携していたら、ルノーとしていたら、いまのボルボのようなかっこいいフォルムと豪華な内装は手に入らなかったかもしれません。

そして今、吉利汽車に所属していることも、すばらしい新型車を開発し続けるところを見れば、正解かなと感じます。

そのフォードですが、米国ではそのフォーカスの後継車種が発表されました。「One Ford」という経営戦略のもと、品質向上やモデルの効率化などもされて時代のトレンドにあった魅力的な車を開発しています。

自動車会社がなくなるのは大変寂しいことです。大逆転で良い車をつくって、また日本でも販売してくれるといいですね!

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