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ボルボヒストリー 北欧の環境が育てた安全志向

  • 2019年2月22日
  • 性能
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シリーズ記事 ボルボヒストリー。今回はボルボの衝突安全ボディがどのようにして作られたのか、記事にしています。

クルマはぶつかれば壊れます。

どんなに大きくても、硬くても、鉄の板で作られるクルマは壊れてしまう。それは、クルマの始まりの時も、発展の時も、そして現代も、変わらない。

しかし変わった事がただ一つあります。それは、乗っている人が壊れなくなった事。

自動車の衝突安全性は、当たる前、当たる時、当たった後と多岐にわたり、様々な機能で私たちを守ります。

ボルボヒストリー、今回はサイドストーリーを交えて。自動車の衝突安全性に関わるストーリーを紹介します。

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サイドストーリー1

ボルボを洗車している男がいる。

自宅のガレージで、きっと自慢のクルマであろうボルボエステートを、ホースから水を出しつつスポンジで洗い流す。

鼻歌交じりで気分が良さそうだ。

そこへ、10才くらいの男の子が訪れた。

男の子「お父さん、洗車好きだよね。」

父親「んん?ああ。明日はドライブだし、このクルマ、お父さんの宝物だからな。」

男の子「そうなんだ。」

野球帽を身につけた男の子は、父親の洗車のふきあげを見ながら「ふうん」といった顔をして、続けて質問する。

男の子「お父さん、なんでうちのクルマはボルボなの?」

父親「それはね。。お父さんは、家族の安全を願っているんだ。」

男の子「安全?」

父親「そうだよ。クルマで移動している間に、事故にあって人生が終わってしまうの、嫌だろう?」

男の子「だけど、健太郎くんの家の車は、大きくてカッコいいよ。事故にあって死んじゃった友達もいないよ?」

父親「そうだね、それは・・・」

子供の頭をそっと撫でて、困った顔で、でも自信を込めて父親が言う。

父親「お父さんはね、少し臆病なのさ。でも、それがいいと思っているんだ。」

ボルボの安全思想

雪道のイメージ

車は人によって運転され、使用される。したがって、ボルボの設計の基本は、常に安全でなければならない。

ボルボがスウェーデンで産声をあげたその時から、この有名なフレーズは使われていました。

ボルボを作ったのは、経営者アッサール・ガブリエルソンと、技術者グスタフ・ラーソン。クルマ作りを誘ったのは、ガブリエルソンだと言います。

スウェーデンという北欧ならではの厳しい環境下で使えるクルマを作りたい、と考えた彼らの高い志はやがて、世界一安全なファミリーカーという名声を得ることになるのですが、この時はまだ知らず。

スウェーデンの大自然は過酷で、ほぼ一年中雪に囲まれる地域もあるくらいです。もしそうでないとしても、日本より少し大きな国土に1/10の人口となれば、雪の中で立ち往生しても誰も助けてはくれません。

さらに、人間よりも当然のようにたくさんの動物がいるのですから、動物との交通事故もしばしば。
ぶつかっても安全であり、スウェーデンの悪い道でも壊れない耐久力のあるクルマは当時どこのメーカーにも無く、ガブリエルソンはこの一点でスウェーデンでのクルマ作りが成功すると確信したのでした。

拘りの高品質設計

出典:Volvo car japan https://www.volvocars.com/jp/

ボルボの丈夫で安全なクルマ作り。設立当初から、ボルボには基本理念がありました。

第1に、どのクルマも最低2年のテストを行うこと。

第2に、品質が良く、より安い部品があるなら、スウェーデン製には拘らない、という事。

当時、自動車部品を製造するメーカーは急増していて、振興自動車メーカーはパーツメーカーから部品を購入すれば、大した設計をせずに完成車を作る事ができました。

ただ、そのようなメーカーが成功する事もまた難しかったようです。

しかしボルボは先の経営理念や拘りを持って、スウェーデンの中核企業に育っていきました。

丈夫さを追求する中で、面白いエピソードがあります。

ボルボの初めてのサルーンーカー、PV4。

目標の品質を達成するために、当時としては高品質の部品を使用していました。しかし、車は思ったほど売れずに、赤字の年が続きます。

そこでボルボはコストと品質の計算をしてみると、品質基準をアメリカのGMと同じにすれば、かかるコストを20%削減できると見積もられたのです。

ボルボの拘りすぎさと、コストを度外視して経営が傾く様は、創設当初からのようですね。

自動車事故に対する姿勢

丈夫さや高品質で評価をあげつつあるボルボでしたが、1940年代も後半になると、自動車事故が無視できなくなってきます。

自動車の馬力は40馬力を超え、1947年発売のPV444であるなら車重はわずか1トンですから、少し非力な現代の軽自動車といったところですが、それなりに人が死亡する速度域に入っていきます。

そのPV444は戦後早くに発表された小型車でしたが、展示会での評判も良く、年間12,000台の販売目標を大幅に上回る売れ行きとなりました。しかし販売台数が増えれば、クルマの台数も増える。交通事故も増えるわけです。

交通事故は、起こした人の責任。

しかしガブリエルソンとラーソンは、そうは考えませんでした。

1954年、ボルボは事故車の実質買取制度 PV保証制度を設定。もし事故にあった場合、一定額を支払うことにより、新車へ乗り換えることができる制度です。

この保証制度により、ボルボはたくさんの事故車を手に入れて、詳細な調査を開始。シートベルトの有用性、クルマがどのようにあたり、どのように変形し、乗員はどのような怪我をしたか、たくさんのデータを得ることができました。

安全機能の集大成 ボルボ144

出典:Volvo car japan https://www.volvocars.com/jp/

事故車の買取と詳細な調査の結果、1967年に発売のボルボ144で具現化したのは「クラッシャブルゾーン」。衝突時には鋼鉄製フレームで凝固に室内を守り、ボンネットやトランクで衝撃を吸収します。

いまでこそ標準的な構造ですが、その基礎は50年も前の話だということに驚きを感じます。

また、ブレーキシステムを3系統化し、1系統が故障してもブレーキが効かない、ということが起きなくなりました。ボルボ144は、安全思想のひとつの形として、一応の完成を見ます。

そして、ボルボは自動車の安全性能において、トップメーカーに躍り出ました。

フォルクスワーゲンなど他メーカーはこの結果を見て、保証制度を模倣しますが、時すでに遅し。

日本ではトヨタが1996年に発表するGOAボディまで衝突安全ボディが無いことを考えれば、その安全思想はかなり先にある事が分かる事でしょう。

唯一残念だったのは、創業者ガブリエルソンはこの結果を見ずに、1962年に他界したこと。しかし、彼の思想はしっかりとボルボの中に流れ、今も生き続けています。

サイドストーリー2

高速道路でV40

洗車を終えて美しく輝くボルボエステート。

世界一安全なファミリーカーは、幸せそうな家族を乗せて、さっそうと走っていく。

男の子「お父さん、ほら、あれ!」

指し示す指の先には、一台のオープンカーが走っていた。

男の子「マツダロードスターだ。僕はああいうカッコいいクルマに乗りたいなあ。」

父親「うん、大人になったら、乗るといいよ。」

父親は運転席でハンドルを握りながら、ニコッと笑う。

男の子「あれ?ボルボにしろって言わないんだ?」

少しイタズラな質問すると、父親は誇らしげに言った。

父親「君が好きな車を乗れる大人になるまで、楽しく安全な人生を送れるようにと、お父さんが選んだのがボルボなだけだよ。

大人になってからは、君が君の責任でクルマを運転できる。でもそれまでは、お父さんのクルマで一緒にドライブしような。」

男の子は納得した様子で、父親に言葉を返す。

男の子「うん、僕も子供ができたら、ボルボにするよ。お父さんからこのクルマをもらってもいいけどね。」

編集後記

お父さんの目頭は少し熱いようですが、ボルボのプリクラッシュセーフティがあれば安心。ボルボってすばらしい。

今回はサイドストーリを交えての記事といたしました。いかがでしたでしょうか。

ボルボの安全思想が少しでも皆さんに伝わり、大前提である安全運転に結びつく事を期待しています。サイドストーリー仕立てについて、ご意見ございましたらコメントを頂けると嬉しいです。

お読みいただきありがとうございました。

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